「親知らずは、抜いた後が腫れて大変だ」という話はよく聞きますが、実は、親知らずは「抜く前」にも、何度も腫れや痛みを引き起こす、非常に厄介な存在です。むしろ、多くの人が、この「抜歯前」の腫れに悩まされて、歯科医院を訪れます。この、抜歯をしていない親知らずが腫れる現象は、ほとんどが「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」という、親知らずの周りの歯茎の炎症が原因です。智歯周囲炎は、一度治っても、根本的な原因が解決されない限り、体調の変化をきっかけに、まるで時限爆弾のように、何度も繰り返し再発するのが大きな特徴です。なぜ、これほどまでに再発しやすいのでしょうか。その理由は、親知らずの「生え方」にあります。現代人の顎は小さくなっており、親知らずがまっすぐに生えるための十分なスペースがありません。そのため、斜めに生えたり、横向きに埋まったり、歯の一部だけが歯茎から顔を出していたりすることが非常に多いのです。この不完全な生え方が、清掃困難な、細菌の温床となる「深いポケット」を、歯と歯茎の間に作り出してしまいます。普段は、体の免疫力が、このポケットの中で繁殖しようとする細菌の活動を、なんとか抑え込んでいます。しかし、仕事が忙しくて疲れが溜まった時、寝不足が続いた時、風邪をひいた時、あるいは女性の場合は生理前など、体の抵抗力がふと低下した瞬間に、このバランスは崩れます。免疫力という「監視の目」が弱まったのを好機とばかりに、細菌が一気に勢力を増し、歯茎に急性的な炎症を引き起こすのです。これが、智歯周囲炎の再発のメカニズムです。一度、抗生物質や洗浄処置で炎症が治まっても、原因である「汚れが溜まりやすい環境」そのものが変わらない限り、また体力が落ちれば、同じことの繰り返しになります。炎症を繰り返すたびに、周囲の骨が少しずつ吸収され、症状がより重症化しやすくなるという悪循環に陥ることもあります。この再発のループを断ち切るための、最も確実な根本治療。それが、原因となっている親知らずそのものを除去する「抜歯」なのです。繰り返す腫れに悩まされているなら、それはあなたの体が「もう限界だよ」と発しているサインかもしれません。